2008年08月30日

福島県立大野病院事件 号外 アフガンの奉仕者と日本の医者たち

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080901-00000034-jij-soci 

アフガン農業支援に関わってきた一人の青年が殺害された。関与した反政府武装グループ・タリバンは「すべての外国人がアフガンを出て行くまで殺し続ける」との声明を発表した。

 一部の人々の仕業とはいえ、支援先からの仕打ちである。「やってられない」と引き上げてもおかしくない。

 「これまでアフガンの人のためにやってきた。今回のことでそれを放棄することはない」。所属するNGOの事務局長は「絶対に逃げない」と熱い胸の内を語る。

 遡ること1週間。福島県立大野病院の産科医に無罪判決が出た。この事件では、妊婦出産直後に死亡、産科医が業務上過失致死の疑いで逮捕されたことに医療界が猛烈に反発。「善意でやったのに逮捕されるようではやってられない」「難しい手術はもうできない」。産科医は次々と地域から撤退、大病院へと引き上げた。

 かたや、一部の住民から命を狙われても「絶対に逃げない」と住民ともに汗を流し続けようとする奉仕者たち。こなた、住民とは無関係の司法手続きを槍玉に挙げ、「やってられぬ」と住民を置き去りしたまま引き上げる奉仕者たち。奉仕者たちも実に様々である。
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2008年08月24日

福島県立大野病院事件 その4 なぜ悪質な行為に限るべきなのか?

 今回の判決を巡っては、「医療行為については悪質な行為を除き刑事責任を問われるべきではない」という主張をあちこちでみかけましたが、果たしてそうでしょうか?
 
 朝日新聞は判決翌日の8月21日付の社説で、「慣れない手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを改ざんする。こうした悪質な行為については、これまでどおり刑事責任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当局は介入を控えるべきであろう。」という主張を展開しました。

 さらに、同日付の別記事では、次のような専門家のコメントが掲載されました。

 「捜査に批判的だった東京都立府中病院の桑江千鶴子・産婦人科部長は『患者の命を助けようと思って進めた末に、助けられないこともある。そのようなリスクを認めてもらえなければ、医療は成り立たなくなる。』と指摘する。」

 「医療と法の関係に詳しい樋口範雄・東大大学院教授(英米法)は『判決は検察側の完敗だ。だが、有罪か無罪かより重要なのは、医療事故の真相究明に裁判がそぐわないことがはっきりしたことだろう。』…」

 つまり、悪意でなければ医師に刑事責任を問うてはならない、というのです。しかし、これらの主張は、現行の法律制度を無視してまで医師を救おうとする暴論であり、医師のプロとしての覚悟に疑問を抱かせる主張といわざるを得ません。


 業務上過失致死傷罪は、社会生活上の地位に基づき反復継続して行為を行う人間に対して、一般人より高い注意義務を求める点に特徴があります。

 例えば、私たちは運転中に事故を起こして人を傷つけますと業務上過失致傷罪に問われますが、これは運転中は通常生活の場合と異なり、より高い注意義務が求められるからです。これを悪質な場合に限るべきだとする意見は業務上過失致死傷罪を全く無視した暴論といえるでしょう。

 また、業務上過失致死罪はその道のプロだけに課せられるハードルであり、ある意味ではエリートの証ともとらえることができます。

 長崎新聞08年2月27日付紙面から、心臓バイパス手術を年間200例以上もこなす心臓外科医・南淵明宏(49歳)大和成和病院長と記者のやり取りの一部を紹介します。

−政府案に対し「医療従事者に刑事責任を問うべきではない」との主張があるが。

 「どのような職業でもリスクはある。良かれと思って一生懸命やったことで人が死んだ場合に、医師だけが刑事責任を免責される理由はないだろう。ある集会で『刑事罰を受ける可能性があるなら萎縮して判決などかけない』と話した裁判官がいたが、そんな心づもりではプロの裁判官とはいえない。プロとは常に自分を追い詰め、ぎりぎりのところで仕事をしている人のことだ」

 医師としてのプロ意識を感じさせる言葉に反論の余地はないでしょう。

 ところが、判決を前にした8月17日付けの朝日新聞には、産科医逮捕のおりの医療界の反発の様子が次にように伝えられています。

 「事件後、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会は『結果の重大性のみに基づいて刑事責任が問われるのであれば、今後、外科系の医療の場で必要な治療を回避する動きを招きかねない』との談話を発表。日本医学会も『過失のない不可抗力であっても、たまたま死亡事例に遭遇したことで逮捕されるようでは、必要な医療は提供できない』と意見表明するなど、地域の医師会らも相次いで抗議声明を出した。」

 こうした医師側からの反発は、今の医師たちがいかにプロとしての意識が薄いかを表しているといえないでしょうか?
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2008年08月23日

福島県立大野病院事件 その3 外部調査委員会の指摘をなぜ検証しないのか?

 今から遡ること2年、朝日新聞は2006年4月12日の記事において、今回の逮捕の経緯について次のように伝えています。

 「05年3月に公表された医療事故調査委員会の報告書は、事故の要因として癒着胎盤の無理な剥離や輸血対応の遅れなどを指摘。執刀医は今年2月、県警に業務上過失致死と医師法違反容疑で逮捕され、3月に起訴された」「福島県病院の医療事故では、院外の意思3人からなる調査委がまとめた報告書の公表が捜査の端緒となった。」

 さらに、20日の判決を控えた8月17日、朝日新聞は判決予告の記事において次のように述べています。

 「病院側は、外部の専門家3人による医療事故調査委員会をつくり、手術内容を検討。調査委は、加藤医師の判断ミスを認め、▽胎盤が子宮の筋肉に付着していることに気付かず、通常使わないはさみを使って切り離した▽大量の出血が続いたのに、院内の他の医師に応援を頼まなかった、などと指摘。報告書は県に提出された。」

 以上の記事から分かるのは、今回の産科医の措置についてミスがあったと指摘する声が医師の中にも厳然と存在していたということです。少なくとも、外部の3人の医師は産科医のミスを明確に認めているのです。

 ところが、今回の無罪判決を伝えるメディアは、そういった事実に触れないばかりか、今回の判決内容が医療界の常識であるかのように報道しています。

 朝日新聞は判決翌日の8月21日、社説で次のように述べています。
 「判決は医療界の常識に沿ったものであり、納得できる。検察にとっても、これ以上争う意味はあるまい。控訴すべきではない。今回の件では、捜査するにしても、医師を逮捕、起訴したことに無理があったのではないか。」

 また、同日付紙面には、日本産科婦人科学会(吉村泰典理事長)が20日に行った「癒着胎盤は困難な疾患で診断も難しい。重篤な疾患を扱う医療の困難さとそのリスクに理解を示した妥当な判決だ。」との会見の内容を掲載。また、長崎新聞8月21日付け紙面には東京都立府中病院産婦人科の桑江千鶴子部長の「私も医療現場の立場だったら、同じ治療をしていたい。日本中の医師の思いが共通していたので、これほどの動きが広がった。」とのコメントを掲載した。

 今回の判決が医療界の常識であるなら、医療事故調査委員会の指摘は何だったのか?それを検証することなく今回の判決を評価する医療界とメディアの姿勢はいかがなものでしょうか?
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2008年08月22日

福島県大野病院事件 その2 医師逮捕は医療の萎縮につながる?

産科医無罪判決 その2 医療の萎縮について

今回の産科医逮捕を巡っては、医師側からは、「医師の治療行為の萎縮につながる」「だれも高度医療に手を出さなくなる」といった主張が繰り返され、メディアもそれを頻繁に取り上げました。
判決翌日の8月21日、朝日新聞は本件記事中で、「医療界は『医療全体の萎縮を招く』として強く反発していた。」、「医療界で『結果が悪いだけで、警察が介入すれば、医療現場は萎縮する』という批判の声が高まった。」と、医師側の主張に何の検証も加えることなく取り上げています。

しかし、医師を刑事罰の対象とすることが医療行為の萎縮につながるのでしょうか?仮に萎縮につながるとしたら、医師は刑事罰の対象から外すべきなのでしょうか?
これに関して興味深い記事を見つけました。

長崎新聞は08年2月27日、昨年10月に厚労省が医療事故調査委員会の原案を公表したことを受け、「『医療事故調』構想まとまる」との特集記事を掲載します。この記事では、「届け出を受けたもののうち、故意や重大な過失など刑事事件を追及すべきケースについては新組織が速やかに警察に連絡。」とする原案に対して、医療関係者から「届け出義務や警察への通報は萎縮医療を招く」「医療事故に刑事罰を課すべきではない」といった反対意見が続出していることを紹介。その一方で、そうした考えと一線を画するある医師のコメントを紹介しています。

登場したのは、心臓バイパス手術を年間200例以上もこなす心臓外科医・南淵明宏(49歳)大和成和病院長。過去に数多くの本を執筆、ブラックジャックの異名をもつ医師でもあります。以下、記者とのやり取りの一部を引用します。

−政府案に対し「医療従事者に刑事責任を問うべきではない」との主張があるが。
「どのような職業でもリスクはある。良かれと思って一生懸命やったことで人が死んだ場合に、医師だけが刑事責任を免責される理由はないだろう。ある集会で『刑事罰を受ける可能性があるなら萎縮して判決などかけない』と話した裁判官がいたが、そんな心づもりではプロの裁判官とはいえない。プロとは常に自分を追い詰め、ぎりぎりのところで仕事をしている人のことだ」

−司法の介入は「医療崩壊」につながるとの指摘もある。
「刑事事件と医療崩壊を結びつけた議論は、医師社会の幼稚さや秩序の無さを露呈させている。」

−医療事故の原因究明にどんな方法が必要か。
「例えば、記録ビデオもなしに手術の内容を事後検証するのは無意味だ。自分の車が車上荒らしにあわないよう病院駐車場防犯カメラを設置する医師は多いが、自らの医療行為について映像での記録と活用が必要と考えている医師はまだ少ない。インフラが整った今、手術室の映像を記録するのはコストは掛からず方法も単純だ。ビデオへの記録を全国の病院で必須とするのは当然のことだ。」

−大和成和病院でも導入しているのか。
「もちろん、手術時の映像を希望する患者さんには渡している。手術や病棟の映像が残れば、事故があった際に医師側が都合のいいストーリーをつくることを妨げる。一方で、恣意的な批判に対しては医師の側が身を守る手段にもなりうる」

 いかがでしょうか?こうした南淵医師の主張に対して反論医師がどれだけいるでしょうか?また、どうしてメディアはこうした医師の意見を取り上げないのでしょうか?
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2008年08月21日

福島県立大野病院事件で無罪判決

帝王切開手術後に妊婦が亡くなり、産婦人科の医師が業務上過失致死と医師法(異常死届け出義務)違反に問われた「福島県立大野病院事件」の裁判で福島地裁は8月20日、被告に無罪を言い渡しました。
この判決についてのメディア各社の報道をみますと、この問題に関する掘り下げや論点整理がいかにいい加減であるかを強く感じさせられます。
このブログでは、この事件が提起した問題点を徹底的に検証、現代医療の核心に迫って参ります。
まずは、今回の事件に関してメディアが指摘している問題点をあげてみましょう。

@今回の医師逮捕が産科医を激減させた!?
テレビ朝日「報道ステーション」の番組予告に「産科医師が激減した“最大の原因”に今日判決です」とあったように、ほとんどのメディアは、今回の現役医師の逮捕が産科医師の激減につながったかのように伝えていますが、それは正しい見方でしょうか?

A刑事罰は医師を萎縮させる?
 今回の医師逮捕で現場の医師は萎縮して高度な治療を敬遠するようになった、といいますがそれは本当でしょうか?

B刑事罰は再発防止につながらない?
今回、刑事裁判になったことで、医療界からは「素人である警察の介入は再発防止にはつながらない」との強い声が上がっていますが、果たしてそうでしょうか?

C患者遺族が求めているのは再発防止?
現在、刑事裁判に代わるものとして第三者委員会が検討されていますが、この構想の基礎には、「患者遺族が求めているのは医師の処分ではなく再発防止である」という考え方がありますが、果たしてそうなのでしょうか?

以上のような問題点のうち、今回は@「今回の医師逮捕が産科医を激減させた!?」を検証してみたいと思います。

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2008年08月03日

なぜ外国人医師を受け入れないのか 朝日新聞8月3日付け社説

 日本とインドネシアとの経済連携協定(EPA)に基づき、インドネシア人の介護福祉士と看護師の候補者205人が8月7日に来日するのを控え、朝日新聞8月3日付け社説は「ケアの開国 職場の魅力が問われる」と題し、外国人労働者を受け入れるにあたっての日本の心構えについて説いています。

 「高度な専門職に限っていた外国人の受け入れを、それ以外の分野に広げる一つの節目に違いない。」「…そこで互いの文化や技術を伝え合いながら歩むことはいいことだ。交流すること自体は悪くない。」
 と外国人の受け入れを積極的に肯定していますが、ここで気になる点があります。
 それは、高度専門職の代表格ともいえる医師については受け入れを全く議論しないまま、少なくとも医師よりも高度専門職とは言えない介護士や看護士の受け入れを奨励している点です。
 
 昨年から今年にかけて頻発した救急病院による急患拒否事件。病院側は拒否の理由として医師不足をあげ、メディアもそうした病院の言い分を積極的に取り上げました。その結果、政府は今年度予算に医師確保対策として多額の予算を計上、さらに診療報酬の改定による勤務医の負担軽減、今年6月には福田首相が来年度予算で医師不足対策については社会保障費の歳出削減の別枠予算とすることを表明、厚労省も医師養成数の増員を発表するなど医師確保に多額の税金を投入する見通しとなっています。
 医師確保にここまで手厚い支援を行われている半面、介護士や看護婦の待遇改善についてはほとんど手が付けられていない状態です。医師の待遇改善に向けられるほんのわずかな額でも彼らに向ければ、彼らの待遇を改善、離職を引き止めることは十分可能です。それも行わないまま、いきなり外国人労働者を迎え入れるとは納得できません。
もし、そのような手順が許されるのであれば、まずは医師の分野にこそ外国人を迎え入れるべきです。
 医師の不足、正確にいいますと、地方や診療科目による医師の偏在は深刻です。救急医療の現場はもちろん、離島では産科医がいなくなり妊婦出産のために本土に渡るなどの異常な事態が生じています。
 とはいえ、先ほど述べたような手厚い支援を行ってもすぐには医師不足は解消しません。また、たとえ医師数が増加しても、今のように自由に診療科や勤務地を選べる制度のままでは、地域や診療科ごとの偏在、つまり地方における小児科医や産科医の不足、救急医の不足は解消できません。つまり、医師不足は解消しないのです。
 そうなると、外国からの介護士や看護師を迎え入れる前に、外国人医師を迎え入れて医師不足を解消する方が先ではないでしょうか?
 ちなみに、当社説には「まずは働く人がそこでがんばろうと思える職場に変えることだ。特に介護の現場では重労働のわりに低い賃金が離職の主な原因となっている。」と、介護士や看護士の待遇改善を訴える箇所が登場するのですが、その続きには「そのような労働条件を放置したままでは日本で腕を磨こうと海を越えてくる人たちを失望させてしまうのではないか。」とあり、あくまで外国人の受け入れを前提とする議論の展開に落胆させられます。
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2008年07月25日

医薬分業が進まない理由

 長崎新聞7月25日に、「処方せんの4割 後発薬変更不可」との記事が掲載されました。
 
 記事によりますと、調剤薬局チェーン大手・日本調剤の薬局に提出された処方箋のうち4割に、「後発医薬品への変更を不可」とする医師の署名があることが分かった、といいます。

 後発薬の使用についてはこれまで、処方箋に医師の「変更可」との署名がある場合のみ認められていましたが、今年の4月から医師が「変更不可」と署名しない限り使用が認められることになり、後発薬代替による医療費の削減が期待されていたところです。

 ところが、今回の調査によると、処方せんに「変更不可」の署名があるものが4割に達し、その割合は月を追うごとに増えているというのです続きを読む
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2008年07月21日

救命士の活躍を妨げる医師たち朝日新聞7月18日「あしたを考える」

朝日新聞7月18日の三面「あしたを考える」
は、救急救命士の能力が活用されていない現状
を取り上げていました。


 救命救急士は17年前に生まれた国家資格で、
@管をのどに入れ呼吸を助ける、A輸液(静脈
路の確保)Bアドレナリン注射、などの救命処
置を医師の指示の下で行うことができる資格です。


 しかし、救急救命士法に「救命処置ができる
のは救急車で向かった現場と病院への搬送中だ
け」との記載があるため、現場と搬送中以外は
その技術が発揮できない、というのです。


 認定された技術が場所によって制限される、
という奇妙な国家資格。一体全体、どうしてこ
のような制限が加わったのか? 同記事は、
「17年前の法成立時、重篤患者の緊急搬送の
みが念頭にあったからだ。」と説明しますが理
解に苦しむ説明です。


 仮に、記事が指摘するように、その当時、重
篤患者の緊急搬送だけしか念頭になかったとす
れば、わざわざ「現場と病院への搬送中だけ」
などの制限を付け加えるはずがありません。何
らかの思惑があったとしか思えないのです。

 
 では、一体どういう思惑が…?


 仮に、この制限がなかったら、救急の現場は
今ごろどうなっていたか考えれば分かりやすい
と思います。
 
 救急医が足りないとあれば、救急救命士が救
医療の現場で活躍していることはまず間違い
ありません。このような事態、すなわち医療の
現場に医師以外の人間が入ることを彼ら医師た
ちが快く思うはずがありません。


 こうした制限にも関わらず、彼ら救命救急士
に活躍の場を与えている病院が紹介されます。
日本医大多摩永山病院救命救急センターーです。


 ここでは、3年前に夜間当直に救命士が加わ
り、現在、医師2人、看護師1人、救命士1人
の計4人で夜間の重症患者に対応している、と
いいます。



 さぞかし活気的な取り組みと思われるかもし
れませんが、そこには従来の医師を頂点とする
ピラミッドが厳然と存在します。


 「…ここで働く救命士は救命処置こそできな
いが、知識が生きるる。運ばれてくる患者の状
態を聞くだけで、医師がいちいち指示しなくて
も必要な道具や薬が準備できる。医師が治療を
している間も、あうんの呼吸で補佐できる。二
宮宣文センター長は『大きな戦力になっている
』と話す。…」


 救命処置を施す技術を有しながら、救急車以
外では患者に手を出すこともできず、あくまで
医師が使う道具や薬の準備をする救命士たち。
医師に従属する救命士のままではプライドもあ
ったものではありません。


 記事の最後では、日本救急医療医学会幹事の
島崎修次・杏林大学教授が、救命士たちの活用
を訴えますが、医師による医療行為の独占を継
続させたい意向が見え隠れしています。「しか
し、早急な拡大も、また危険だ。現在の救命士
教育は、救急車内で働くための技術や知識に力
点が置かれている。…」


 つまり、現在の教育では救命士は能力不足で
救急車内以外での措置はできない、というのです。

  
 しかし、そこまで救命士に求めるのならその
前にやるべきことがあります。

 それは、医師ならば専門教育を受けていなく
ても、救命処置の経験がなくても救急処置をす
ることが許される、という医師法の改正です。


 この調子でいけば、救急医不足に悩む病院側
がリタイヤした耳鼻科や皮膚科の医師を連れて
きて、処置は救命士に押し付ける、といった名
義貸しの状態が横行しかねません。もちろん、
リタイア後の医師にとってこれほどおいしい話
はありません。

タグ:救命救急士
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2008年07月18日

女性医師の待遇改善にまたもや税金が?

7月13日、共同通信の配信記事で「女医を支える親の家事援助」と題する400字程度の小さな記事が目にとまりました。

 全国保険団体連合会の女性部会が、全国の40代開業医60人(女性42人、男性18人)の勤務実態を昨年6月に調査、その結果が書かれています。
 以下、記事からそのまま引用します。


 「女医の家事時間は普通の勤め人の4分の1、家事援助者がいる割合は74%、援助者の3分の2は親だった。歯科医師でも育児の親頼みの実態が分かった。同連合会女性部会は『女性開業医が仕事を続けていくためには、育児支援に続いて、子育てを助けてくれた親の介護支援も考える必要がある』と指摘している。」

 つまり、女性開業医のほとんどが家事を親に頼っている。よって、女性開業医が仕事を続けていくためには、育児支援だけではなく、親の介護支援も必要である、と言っているようです。
 言葉が少ないためか、あるいはあまりにもずうずうしくて遠慮しているせいか、主張がストレートに伝わってこないのですが、「女性開業医の親の介護を公的に支援せよ」と言っていることに間違いなさそうです。

 皆さんご承知のとおり、病院で診療を受けたときの診療報酬は、本人負担プラス国民健康保険などの保険料(税)によって賄われています。医師はそこから報酬をもらい、生計を立てています。

 ところが、昨今急増する急患拒否事件、医療訴訟の増加などで、医師たちは、その背景に医師不足あり、との主張を展開、保険料だけではなく一般財源からも待遇改善の予算を引き出し続けています。

 例えば、勤務医の過重労働解消のために13億円、緊急医師派遣システム構築に29億円、臨床研修制度の見直しに25億円、そして、女性医師の復職支援として23億円の予算を獲得しているのです。

 その上に、女性医師の親の介護です。

 急患を拒否して、あるいは手術に失敗して本来なら攻撃されるべき医師側が、医師不足という理由を持ちし、国民から税金を引き出すことに成功。その成功に味をしめ、今度は医師の親の介護まで国民に押し付ける、というわけです。


 調査も信用できません。

 サンプルが全国の開業医のうち60人では統計上の有意性は認められません。
 しかも、記事を読んでますと調査対象に歯科医が含まれていることを伺わせる記述に出会います。
 さらに、なぜ40代の開業医に限ったのか理由が定かではありません。恣意的にサンプルをとったと疑われても仕方ないでしょう。

 こんないい加減な調査を記事にしメディアもメディアですが、このような調査で、再び国民の懐からお金が引き出されることがなければよいのですが…。


posted by 小島三郎 at 16:31 | TrackBack(0) | 共同通信 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年07月12日

医療行為を手放さない医師たち

7月8日の朝日新聞「私の視点」  登場したのは聖路加看護大学助教で専攻は成人看護学。医療関係の寄稿で看護師が登場することはそう多いことではありません。  筆者は昨春施行された「がん対策基本法」に基づく「がん対策推進基本計画」には、患者の苦痛の軽減や療養生活の質の向上などが目標に掲げられており、その達成に当たっては「看護師の裁量権の拡大が鍵になる」と考えています。    米国や豪州にはナース・プラクティショナーと呼ばれる看護師がおり、外来で初期診断や細胞診などの検査指示、薬の処方を行っているそうです。     また、英国では06年から看護処方者の資格が導入され、専門教育を受けた看護師はモルヒネなどの薬剤処方が可能となったといいます。    一方、日本でも日本看護協会が認定する専門看護師、認定看護師制度があり、そういう認定を受けた看護師が、複雑ながん患者らの看護に当たっているのです。  しかし、こうした認定制度があるにも関わらず、日本においては、「あくまでも医師による事前の指示が必要で、看護師が自ら判断して薬剤を処方するのは許されない。」というのですから、認定制度の意味がありません。なぜ専門教育を受けた看護師が一般の医師の指示下におかれなければならないのでしょうか?これでは治療も効果的に進みませんし、看護士のやる気にもつながりません。    これまでも医師たちは医療行為を奪われようとするたびに強く反対してきました。古くは、医師以外による救命救急処置、少し前は救命救急士による気管内送管など、患者に迅速な処置が求められる場合でさえ、医療行為の独占にこだわってきました。    もちろん、そうした場合でも医師がちゃんと対応してくれれば患者側に不満はないのですが、一方では「医師が足りないから」と救急搬送された急患をたらい回しにする一方で、「医療行為は医師が責任をもつ」と言われても困ります。  もう本当に困った人たちです。
posted by 小島三郎 at 16:12 | TrackBack(1) | 朝日新聞 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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