今回の判決を巡っては、「
医療行為については悪質な行為を除き刑事責任を問われるべきではない」という主張をあちこちでみかけましたが、果たしてそうでしょうか?
朝日新聞は判決翌日の8月21日付の社説で、「慣れない
手術でまるで練習台のように患者を使う。カルテを
改ざんする。こうした悪質な行為については、これまでどおり刑事責任が問われるべきだが、そうでないケースについては捜査当局は介入を控えるべきであろう。」という主張を展開しました。
さらに、同日付の別記事では、次のような専門家のコメントが掲載されました。
「捜査に批判的だった
東京都立府中病院の桑江千鶴子・産婦人科部長は『患者の命を助けようと思って進めた末に、助けられないこともある。そのようなリスクを認めてもらえなければ、医療は成り立たなくなる。』と指摘する。」
「医療と法の関係に詳しい樋口範雄・東大
大学院教授(英米法)は『判決は検察側の完敗だ。だが、有罪か無罪かより重要なのは、医療事故の真相究明に裁判がそぐわないことがはっきりしたことだろう。』…」
つまり、悪意でなければ
医師に刑事責任を問うてはならない、というのです。しかし、これらの主張は、現行の法律制度を無視してまで医師を救おうとする暴論であり、医師のプロとしての覚悟に疑問を抱かせる主張といわざるを得ません。
業務上過失致死傷罪は、社会生活上の地位に基づき反復継続して行為を行う人間に対して、一般人より高い注意義務を求める点に特徴があります。
例えば、私たちは運転中に事故を起こして人を傷つけますと業務上過失致傷罪に問われますが、これは運転中は通常生活の場合と異なり、より高い注意義務が求められるからです。これを悪質な場合に限るべきだとする意見は業務上過失致死傷罪を全く無視した暴論といえるでしょう。
また、業務上過失致死罪はその道のプロだけに課せられるハードルであり、ある意味では
エリートの証ともとらえることができます。
長崎新聞08年2月27日付紙面から、心臓バイパス手術を年間200例以上もこなす心臓外科医・南淵明宏(49歳)大和成和病院長と記者のやり取りの一部を紹介します。
−政府案に対し「医療従事者に刑事責任を問うべきではない」との主張があるが。
「どのような
職業でもリスクはある。良かれと思って一生懸命やったことで人が死んだ場合に、医師だけが刑事責任を免責される理由はないだろう。ある集会で『刑事罰を受ける可能性があるなら萎縮して判決などかけない』と話した裁判官がいたが、そんな心づもりではプロの裁判官とはいえない。プロとは常に自分を追い詰め、ぎりぎりのところで仕事をしている人のことだ」
医師としてのプロ意識を感じさせる言葉に反論の余地はないでしょう。
ところが、判決を前にした8月17日付けの朝日新聞には、産科医逮捕のおりの医療界の反発の様子が次にように伝えられています。
「事件後、日本産科婦人科学会と日本産婦人科医会は『結果の重大性のみに基づいて刑事責任が問われるのであれば、今後、外科系の医療の場で必要な治療を回避する動きを招きかねない』との談話を発表。日本医学会も『過失のない不可抗力であっても、たまたま死亡事例に遭遇したことで逮捕されるようでは、必要な医療は提供できない』と意見表明するなど、地域の医師会らも相次いで抗議声明を出した。」
こうした医師側からの反発は、今の医師たちがいかにプロとしての意識が薄いかを表しているといえないでしょうか?